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二大陸にまたがる悠久の都
İstanbul
イスタンブール
(トルコ)♦♦
Centro
Storico

アジア(左)とヨーロッパ(右)の二大陸にまたがる古都、ガラタ塔にて


スタンブル─ここでは日本語表記の通例に倣ってイスタンブールと表すが─、約1600年に渡って首都として繁栄しつづけたヨーロッパ随一の古都。この地に最初に都市が形成されたのは紀元前8〜6世紀にギリシア人によるものであったが、西暦330年、コンスタンティヌス1世がローマ帝国の首都を移しコンスタンティノポリスと命名したことで、首都としての歴史が始まった。ローマの首都であるということは、全地中海の、ひいては少なくとも文化的には全世界の首都といっても過言ではない、憧れの地であり続けた。1453年のローマ帝国滅亡後には、オスマントルコ帝国の首都になるが、その地位は変わることなく受け継がれた。1923年には首都としての地位をアンカラに譲り、1930年にはコンスタンティニエという都市名もイスタンブルに変わったが、21世紀にはいった今なお、ますます繁栄を極めている。


金角湾には大小様々な船が行き交う

 イスタンブールの中心地は、3つの部分に分かれている。Boğaziçi[ボウァズィチ(ボスフォラス)海峡]によりアジア側とヨーロッパ側に、さらにヨーロッパはHaliç[ハリチ(金角)湾]により新市街、旧市街の2つに分かれている。新市街と旧市街はいくつもの橋で結ばれているが、その突端近くのGalata Kulesi[ガラタ塔]に登れば、これら街の様子が一目瞭然だ。宮殿やモスクの緑に覆われた旧市街、そして活気溢れる新市街やアジア側、湾内を航行する数多くのフェリーや小船、その喧騒が肌で感じられる。

「お寺」的身近な存在のスルタン・アフメット・モスク

所は旧市街の狭い地域に集中している。ガラタ塔からガラタ橋を渡って旧市街へと渡っていくと、橋の袂は車やフェリー、鉄道駅、物売りの屋台、市場などでごった返している。名物のムール貝のドルマやイワシのサンドなどの屋台料理などどれも美味しそうだ。丘の中腹から上に掛けて、Sultanahmet Camii[スルタン・アフメット・モスク(通称ブルーモスク)]、シュレイマニエ・モスクを始め多くの素晴らしいモスクが立ち並ぶ。中でも群を抜くのが、オスマン帝国絶頂期の17世紀に建てられたスルタン・アフメット・モスクだ。メッカにあるイスラムの総本山と同じ6本のミナレットを持つ、重厚でありながら美しいシルエットを持っている。内部は祈りの場であるので、意外と簡素な作りで、絨毯が敷き詰められた穏やかな空間だ。


東方教会の総本山だったアヤソフィアは、現在モニュメントになっている

 その向かいの赤い大きな建物は537年に当時の超大国ローマ最大の教会として建造されたAyasofya[アヤ・ソフィア(アギア・ソフィア)]だ。東方教会の主としてカトリックと対峙しながら権勢を誇ったが、トルコ時代にはモスクに改装されモザイクは塗り固められた。トルコ革命後、博物館となり、キリストとイスラムの同居した奇妙な空間を見学することが出来るが、壮大なスケールに僅かに往時の面影を感じることができる。現在アギア・ソフィアを追われたコンスタンティノポリス大司教は、イスタンブールの片隅のフェネル地区から、名目上ではあるが全世界を治めている。

トプカプ宮殿のハレム

 さらにその隣の海を望む丘の上には、ドイツ、イギリス、フランスなどですら進んで貢物を納めていたほどの強国、オスマン・トルコ帝国のTopkapı Sarayı[トプカプ宮殿]が、その姿を留めている。ヨーロッパの城とは構造が全く違い、広大な平屋の集合体であり、皇居にも通ずる東洋的な作りだ。皇帝の門を抜け、続いて中門をくぐると宮殿の中心部だ。厨房跡には、日本製も含むおびただしい陶磁器などの寄進品が展示されている。その奥の幸福の門から先は、スルタン個人の領域だ。左手のハレムには、スルタンやその家族、男女奴隷たちが住んでいた。宝物室にはおびただしい数の宝石類が展示されており、有り難味を感じなくなるほどである。宮殿の最深部は海に面したテラスになっており、湾内を航行する船や大陸側の市街地の景観を眺めながら、一息つきたい。

地下宮殿、メドゥーサの首

市街には、他にも史跡が数多く残されている。ローマ時代の道標の他、エジプト、ギリシアなど各地から運んできた歴史遺産も町中にさりげなく置かれている。地下に眠るYerebatan Sarayı[イェレバタン宮殿(地下宮殿)]も見ものだ。6世紀に市街地の地下に作られた大規模な貯水槽であり、それがそのままの姿で残されていることにも驚くが、構造を支える石柱とアーチが連続する様はまさに宮殿にようだ。中には異教徒の神殿の柱を転用した涙の柱や、柱の台座に使われている巨大なメドゥーサの首など、目を見張る造形が散りばめられている。

アジア的喧騒が支配する市街地




 バザール探索も楽しい。500年の歴史を持つKapalı Çarşi[カパルチャルシ(グラン・バザール)]は巨大なショッピングセンターだ。土産物から生活用品まで何でも揃う。一方ガラタ橋の袂にあるMısıl Çarşisi[ムスルチャルシジ(エジプシャン・バザール)]は、香辛料や食品が多く地元民向きだ。
 時間があれば、ぜひボスフォラス・クルーズで海からこの街を眺めてみたい。ガラタ橋の袂で船をチャーターすれば、時間と費用に応じてコースを設定してくれる。