道院いっぱいの200匹の猫達。静かな森の中にある、猫の聖ニコラオス修道院(英名アギオス・ニコラオス・トン・ガトン、ギリシア語名モニ・アギウ・ニコラウ・トン・ガトン)については、興味深い言い伝えがある。
16世紀の地震で修道院は崩壊したが、当時のトルコ帝国治世下で省みられることもなく、猫達は島のあちこちに散っていったという。 人々の記憶の彼方に過ぎ去っていた修道院は、1983年、二人の修道女の決意により再開された。彼女らが一組の猫を連れてこの地を訪れた時、この場所は蛇がうごめく草地に戻っていたという。 根気よく手入れを続けた結果、修道院の建物と果樹園のある中庭が美しくよみがえった。現在、数名の修道女と200匹の猫達が、ここで幸せに暮らしている。
干上がった塩湖との境界も定まらぬ中、ただ何もない平原の道なき道を、かすかな車のわだちを頼りに南下していくと、やがて岬が近くなると低い森が現れ、ささやかな修道院の入口に着く。 入口付近の敷石や、こじんまりした礼拝堂は、修復を受けそれなりに整備されてはいるものの、新調された控えめなモザイクがなければ、修道院というより農家のような感じすらする。
珍しい訪問者に気がつくと、修道女が「アゴラ(商店)」の鍵を開けてくれる。小さな店の中には、十字架や聖画、それに土地の産物などちょっとした土産物が売られている。恐らく僅かな売上が、寄付以外に現金収入のない修道女達にとっては貴重な、猫達の餌を買う資金になるのであろう。 都市から遠くない海岸近くにありながら、修道院は森に囲まれた奇跡的に静かな環境にある。その秘密は、この一帯がキプロス共和国ではなく、英領アクロティリ・デケリア(Akrotiri and Dhekelia)であるからだ。 1960年のキプロス独立時、島の97%はキプロス共和国として独立したが、残り3%が英領アクロティリ・デケリアとして宗主国のイギリスに留まった。 ただしその時結ばれた条約により、英国は軍事活動以外は認められておらず、国境管理、一般市民の生活、交通・運輸など、植民地としての機能は全く果たしていない。だから基地の敷地内を除いては、実質的にはキプロス共和国の一部であるかのように訪れることができる。 再開して漸く軌道に乗り始めた修道院が、再び長い歴史を刻むことができるよう願ってやまない。 ※通例に習い、このサイトでは英領アクロティリ・デケリアを、国(植民地)とはせず、キプロスの一部として扱いました。 |